■映像詩人ユーリー・ノルシュテイン
My Favorite Norshtein
Country of Gods - You are fantastic : Aleksandr SOKUROV
[アレクサンドル・ソクーロフ]いまや現代ロシア映画を代表する監督。代表作「マリア」「ロシアン・エレジー」など。
…ノルシュテインから電話がかかり、その声を耳にすると私は身震いする。ノルシュテイン自身が私に電話をくれるなんて、どうしよう、と。つまり私が言いたいのは、この芸術家を、私が知るどんな有名人にも私は比肩できない。ノルシュテイン――この人の苗字はすでに頭文字を大文字で始めずに小文字で書くことができる。すなわち、その名はすでに固有名詞ではなく普通名詞となった。
モンタージュという言葉を書くとき私たちは大文字から始めない…、映画にモンタージュという専門用語があるように〔ノルシュテイン〕も映画専門用語になった。この新しい用語は何を意味するのか?
まず第一に、これは形式や技術などの用語ではない。これはビジュアルな作品における芸術の秤である。例えば、一つのノルシュテイン、二つのノルシュテイン、三つの…と言うことができる。これは殆ど冗談だ。だが気をつけた方がいい。この冗談にはあまりにも多くの真実がある…。
何故かノルシュテインは私にとってお祖父さんの年配なのだ。それは、つい最近彼の作品と出会ったのに、その時の自分を小学生として思い浮かべるせいかもしれない。実際にはそう昔のことではなく、およそ二十年ぐらい前のことだったという可能性もある…。
だが受ける印象があまりにも強く深く私を貫いているので、思うと彼の作品はずいぶん昔に創られたような気がするのだ。同じように例えば「裸の島」も創られたのは六十年位以前、いや、もっと以前のような気がする…。どうもこれは世界一般の法則のようだ。芸術作品がより重要な意義を持てば持つほど、その作品は空間のなかで素早く大きく広がっていく。それは、未来の時間に巨大な空間を占めて満たすのだ。そのようには気づかないが、過去に沈殿することは避けられないのだ。きっと、だからこそ遠い昔から彼の作品に〔知り合って〕いるように思えるのだろう。
「霧につつまれたハリネズミ」…これは単に映画作品の題名ではない。これは、誠実で全く純粋な理想の人間の魂と世界観の状態である。芸術家にとって、このような作品を創るのは大変危険である!それは高度な芸術が持つ問題点の全てをすっかり使い果たすからだ。作者はこれ以上何もできなくなる。作者は本当の意味で完成と理想に接近した。ほんのわずかな理想と天分が不可欠なのだと、同意してほしい。周囲に天才なるものがごく少なく、また、理想といったものを多くの人々が道徳上、非難と受け入れるとき人々はすぐ疲れてしまう…。
だが仕方ない! ひとにはそれぞれの道があるのだ。ノルシュテインはいわばモラル芸術のみならず、視覚に訴える動く芸術を創っている。空間のなかで生き変化するものをいかに評価すべきなのか?
私たちが偉大な絵画を知覚したことを確認しようとする瞬間、私たちは止まり凝固して動かない描写と関わりを持つ…瞬間と、一つの統一されたものと関わりを持つ。まさに絵画こそ瞬間なのである。私たちが絵を見るとき、私たちは動き変化するが、絵は、何か完結したかのように〔止まって〕いる…。
私たちがノルシュテインの映画を見るとき彼の作品は動き、生きて変化する。だが私たちも動く。その瞬間私たちはすでに立ち遅れている。見るたびに益々立ち遅れる。もしかしたら、立ち遅れるのではなくて、段々とそれぞれの道に別れて行くのかもしれない…?
…ノルシュテインの素晴らしい作品を眺め見つめ感じて呟く…〔神の世界――お前は素晴らしい!〕と。さらに素晴らしいのはこの人の魂とビロードのように柔らかい眼差し。彼の魂も、雪のように白いライカ犬のように柔らかく、とてもとても温かい…。
…昨日、私の日本のシスターは彼の顎髭について触れた。顎髭? 顎髭…彼には顎髭もあるのだ!膝まであるような長く豊かなのが…。偉大な人にはついに顎髭が生える。こうして彼には顎髭が伸びた。顎髭は悲哀と哀愁から伸びていくのだ。
(翻訳 児島宏子)
Kyoto - stimulating the will to finish "The Greatcoat" : KAWAMOTO Kihachiroh
[かわもと きはちろう]日本を代表する人形アニメーション作家。日本アニメーション協会会長。
10月27、28日両日の午前中は、ノルシュテイン監督にとって京都を散策するためのプライベート・タイムとなった。87年の来日から8年。再び京都巡りに同行された川本喜八郎監督にうかがった。
「まず一日目は堂本印象美術館、これはあまり興味を示しませんでした。それから大徳寺に行ったんです。竜源院に石の庭があってちょうど小さな竜安寺の様なんです。それと高桐院。禅の寺ばっかり見たってわけです高桐院では秋風が吹いていて、周りの竹林の上の方で鳴っていて、とてもいい日でした。ノルシュテインさんは日本の庭がすごく好きなんです。こういう日本的なものの中に、ロシア人の心の中にもあるような自然と人間との関係性がある。そういうところが彼をひきつけるんでしょう。
二日目の南禅寺は山門も気に入ったみたいで、その建築の見事さにも興味を持ったようです。南禅寺の山門から眺めるとそれぞれの方丈が見えますが、面白がっていたみたいですね。南禅寺方丈も禅の庭ですから、やっぱり石のある庭でね。後方にあった渡り廊下もとても素敵なところで、そこで僕が次にやろうと思っている作品『恋の重荷』の話をしたら『それはぜひやってくれ』って言ってくれました。
しかしもっぱらそこでは現実的な話をしたんです。『外套』を完成させるのにあとどれくらい時間とお金がかかるのかという話を。『外套』の全三部のうち、アカーキー・アカーキェヴィチの第一部を完成させるのに、あと八万ドル必要だとノルシュテインさんは言うんですよ。つまり八百万円。それなら個人のファンから基金を募ったら集まるんじゃないかなと言ったんです。つまり、その映画を見たい人が前もってお金を出すという方法です。でも、それは誰もができるということではなくて、やはりノルシュテインさんの様な天才でないと。そのへんが難しいところで、それは見る人の要望と正比例するんじゃないでしょうか。この人なら自分の見たい映画を作ってくれるからということでお金を出すわけだし。
京都で一緒に過ごして、ノルシュテインさんはだんだん明るくなってきたと思いました。COMIC BOXのパーティーでは話の内容が深刻になったりしてどこか落ち込んでたような印象でしたが、そうした感じがなくなってきて、何年かかっても『外套』を完成させてやるぞという意志を感じました。なんだかノルシュテインさんに力が沸いてきたという気がしました。」(談)
Yura and Sasha : Kojima HIROKO
[こじま ひろこ]通訳として、友人として、日本でのノルシュテインには欠かせない存在。ソクーロフ監督の通訳も務める。
一九九三年山形映画祭に「ロシアン・エレジー」を持って参加したソクーロフ監督を私は成田空港へ送って行った。その途中私は彼に何気なく言った。「明日また成田へノルシュテインを迎えに来るのですよ」彼は目を輝かせて微笑みユーラに挨拶を伝えた。
翌日ユーラは、大きなずた袋を一つだけ持ち、口笛を吹きスキップしているような姿で現れた。「荷物はこれだけですか?」と驚く私にユーラは、「いつもこんなですよ」と笑った。その袋の中には彼が講演するときに使う資料がいっぱい入っていた。ホテルへ向かう途中私は彼に言った。「昨日までサーシャ・ソクーロフがいて、あなたによろしくと…」「ひどい! サーシャはなぜ滞在を一日でも延ばさなかったんだ! ああ、日本で彼に会えたらどんなに良かったのに! まったく残念だ」
それから私たちはまるで旧知の仲のようにサーシャのことでひとしきり話が弾んだ。私が時々間違えて彼をサーシャと呼んでも、「今度サーシャに会ったらユーラと呼ぶからいいよ」と謝る私を慰めては大笑いした。
ユーラとサーシャは一見まったく異なる映画人に思えるのだが、多くの共通点があることが分かった。まず二人ともエイゼンシュテインを深く学習し理解し、それを隠さないこと。ロシアへの言葉に尽くしがたいほどの深い愛情。不公正さに対する激しい怒り。音と色彩への繊細な愛着。人間の悲しみや苦しみにたいする胸が締めつけられるほどの同情心…。こうして並べてみるといかにもありきたりになるが二人の強く激しく深い感情の規模は、当然ながら常人のそれを遥かに上まわる。そのような嵐をまともに浴びるとき、私はただただ身を縮めて沈黙する他に術がなくなる。さらに付け加えると、二人ともユーモアが大好きだ。笑うことも大好きだ。しかし、この点ではユーラの方が顕著のように思える。研究の価値がありそうだ…。
最近ユーラから聞いたのだが、サーシャはロカルノ映画祭で受け取った賞金をすべて「外套」の資金にとユーラに渡したそうだ。サーシャからかなりさまざまなことを聞かされている私も、初めて知ったことだった。それは二人の友情の深さを物語っている…。
私たち日本人の友情をも含め、「外套」への思いを受けて、ユーラはその第一部完成に励んでいる。仕事場に寝泊まりしつつ、トタン屋根の下にあるベッドで、夜中に降る雨の音に耳をかたむけつつ…。
Humour is hidden in this man's depths : SUZUKI Kohji
[スズキ コージ]画家、絵本作家。代表作に「やまのディスコ」「エンソくんきしゃにのる」など。
「話の話」を見たのは、数年前吉祥寺バウスシアターの一番前の席でのこと。
重厚で神秘的かつ生まれたての赤ん坊の香りがするような映像にショックを受けた。
そして、深く入りこんだロシアの原生林の森に、きびしくかつやさしく抱かれている僕は涙がこみあげとまらないのであった。
これは、一体どうした事だろう。聖者が、森の中で神秘体験をするというのは、こういう事なのだとも思った。
また、「霧の中のハリネズミ」は、さらに、僕を原生林の秘所ともいうべき所に連れていってくれた。
映像が大自然に流れ込み、大自然が映像に流れ込むとはこういう事だ。
それから月日がたち、親友のみやこうせいさんから、ある日突然電話が入り、ユーリーさんが来ているから、いますぐ来ませんか?との事。さっそくとんでいくと、そこには、「話の話」のオオカミくんと霧の中のハリネズミくんのどちらにも似ていて、目の玉もそっくりな男性がいて、その人こそユーリーさんでした。その時彼は恐ろしくひかえめで、思慮深く、かつキラリとユーモアの根源を秘めている人物だと僕は直感した。
みやさん秘蔵のルーマニアのツィカという強いスピリチュアルの酒を皆で飲みながら、ユーリーさんの作品の絵は、おくさんが描いている事、もちろんユーリーさんも絵を描きはするが、制作の仲間たちにイメージを伝えるシャーマン的存在という事を初めて知った。また、ユーリーさんは、すばらしい歌声の持ち主だという事、きがつくと、「話の話」のオオカミくんの歌う子守唄を歌うユーリーさん、ハリネズミくんがふるえる声で叫ぶ「ユゥージィ」も、再現してくれた。
ユーリーさんこそ、忙しい人々がどんどん忘れ去っていく、めだたなくささやかなものたちを見つめ、大衆的でかつ聖なる精神を持ちあわせた人物に、まちがいなく、彼から生まれる作品を享受する僕たちの何たる喜び。
ユーリーさん ほんとにスパシーバ!
Things left untold in "Tale of Tales" : KATAYAMA Ken
[かたやま けん]画家、絵本作家。
代表作に「えんそく」「3びきのくま」など。
まさかあの「話の話」や「霧の中のハリネズミ」の巨匠、ユーリ・ノルシュテインさんにお目にかかることがあるなんて夢にも思わなかった。それはそうだろう。毎年夏の吉祥寺バウスシアターでのソビエトアニメ週間に通い、もう勝手にアニメはこの人ただひとりと信じて疑わないただの一ファンに過ぎないのだから。
個展の飾りつけをしている時に電話で誘いをうけ、ずいぶん遅れて指定の家に着くと、もう映画の話はすんでいて、いよいよ歌の時間だった。そこの家の男性が堂々ロシア語で歌い、ユーリさんの歌はやさしく深く、スズキコージは独壇上、女性たちもキラキラ歌い、私は、私は全然ダメだった。
酒も飲めない私は(ロシアだったらドラマだそうだ)明日の朝はロシアに帰るというユーリさんを前にしていささか焦り、黙っていても仕方がない、もう聞きあきたかもしれない映画への感想を述べさせていただくことにしたのだった。
―――「霧の中のハリネズミ」で私が特に好きなのは、さんざん霧中をさまよったハリネズミが、やっと待ちくたびれた熊と出会えたあとの寂しさで、わがままで不機嫌な愛情表現が絶妙の熊の声と相まって、なんとも寂しくて寂しくてたまらない―――というようなことをいうと、ユーリさんは芭蕉の「古池やかわずとびこむ水の音」を引用し、何かが起きたあとは、みんな寂しくなる……というようなことをいわれた。
私はユーリさんのいわれたことの真意をすっかり理解できたわけではないが、少なくともファンレターは手渡せたわけで、本当はここでやめておけばよかったのだ。でももうひとつ「話の話」の話があったのだ。
私には「話の話」を言葉にすることなど到底できなくて、ただ謎やなつかしさや寂しさに充ち、何か深々と大きく不安な掌のようなものに包まれて揺すられているような気がする。
ところで時になんでも理屈で納得しないと承知しない人がいて、この作品も論理で整理できないのが不安で、感動を素直に感動と認められないという。私はそんなことよりも画面そのものから直接心に届いてくるものを感じることの方が大切なのだと主張したが、後日わざわざ同僚のロシア通の見解として、あの「話の話」の底には、ロシアの古いわらべ唄や数え唄が隠されていて、その唄を知っていると感動はより強固なものになるのだという説を持ってきたのだ。ホントカネーと思いながらも忘れることはなかったので、この際、ご本人に訊いてみようと思ったのだった。
しかしこの、まだるっこい経緯と整理の悪い日本語を、その場でわかり易くロシア語に通訳してもらうのは大変面倒なのではと考え、感動したこと、論理的に理解できないこと、わらべ唄のことなどをひとつの考えとして手短かにつなげて話してしまった。すると考えてみれば当然のことながら、ユーリさんには矛盾だらけの話として受けとめられ、静かに「パラドックス」が宣告されたのであった。
ああ、なんてこった。こんなはずではなかったのに。しばし言い訳めいたのち、全くの愚問ということで私は引き下がってしまった。
ユーリさんとお別れしたのちも「話の話」の話のことが頭を離れず、私はそれこそ、ハリネズミと熊が出会ったあとのように不機嫌で寂しかった。わが家へ帰る暗い道すがら、寂しくて寂しくて、「サビーシクーテ、サビシクテー」と声に出して歌ってみると、不意にさきほどの「古池や……」は、宇宙に存在することの寂しさ、或いは宇宙そのものの寂しさではないか……と柄にもないことを思いついた。そしてゴチャマゼの寂しさで興奮しきった私の脳みそを最後に多少とも鎮めてくれたのは、これまた不意に思い出した「夢の世に葱を作りて寂しさよ」(耕衣)という一句だった。
以後しばらくは、「夢の世に……」は私のテーマソングとなったのだった。
The true artist is also a humanist : Miya KOUSEI
[みや こうせい]エッセイスト。近刊に「森のかなたのミューズ達」。
ルーマニアのユニークなお墓をモチーフに写真文集「村の人生博物館」を準備中。
ユーラ(ユーリー・ノルシュテインの愛称)の存在感はどうだ。彼の姿を視界に収めるや、あたたかな微風が吹きぬけるような気がする。その存在は会う人の心を明るくする。
ある日、ひょっこりと、ユーラその人が西荻村の拙宅に現れた。「話の話」がほんとのほんとになるとは思わなかった。すぐさま、奇才スズキコージ、異才片山健、男ローランサンの南椌椌といった面々を呼んでユーラの運んできた風になぶられる。一緒に、「霧の中のハリネズミ」の一場面を心に描き、ユーラも声高らかに「ヨージーック!」と叫ぶ。
それ、もうひと声、「ヨージーック!」。すると、カーテンがふわと動いて、ハリネズミ君がトポンと現れる。ほかならぬユーラその人だ。すしをつまみ、スープをすすり、アルバニアのタンゴを聞き、ルーマニアの赤ワインを数本あけて、世界一のかぐわしき時間を過ごし、幻想の宇宙を一同泳ぎ出す。
一緒に月島を散歩した。棟割り長屋の並ぶ路地を通り自由律の俳人故橋本夢道宅でビールを飲んで、ついで「もんじゃ焼き」の二階へ上がる。ユーラがふと片隅の親子連れに目を留める。幼児を三人連れた夫婦がお好み焼きを食べている。子供の一人は赤ん坊で、畳にバブバブ寝かされている。ユーラが目を細め、その光景に感じ入る。「話の話」のシーンとイメージが何やら重なる情景にうっとりとして嬉しくてたまらぬといった風情だ。
ユーラは笑う。あまり笑うので学校で立たされたこともある。優しさの中に彼は激しさも秘めている。世の不正、不平等。例えば、神戸地震で、結局弱者が憂き目に遭っていることを聞くや、顔を紅潮させ、烈火の如く怒り、あたりをはばかることなく声を上げる。ユーラは本物の芸術家、つまり、根っからのヒューマニストなのだ。深い思いをひそめて息の長い仕事をするユーラの次の来日、それ以上に大傑作「外套」の完成がひたすら待たれる。わが愛しのユーラ…。
Unexpected reunion : Minami MASATOKI
[みなみ まさとき]鉄道写真家、フォトエッセイスト。鉄道関係の本はもちろん「全国名水の旅」などガイド本も執筆。
私が初めてノルシュテイン監督と会ったのは1987年、羽田空港のロビーであった。アニメーションフェスティバル広島大会に参加する途中で、同じ飛行機に乗り合わせた時のことである。
手荷物のX線検査で何やらトラブっているらしく、少し興奮気味のノルシュテイン監督が係官に対してロシア語でまくしたてていた。その中に分け入ったのが私で、その時持ち合わせた「話の話」のLDジャケットの監督の写真を係員に見せて、監督のイヤがる手荷物検査を何とかクリアしたのである。
「話の話」は水戸黄門の紋どころの役割を果たしたのであった。これでゲートをくぐれば広島までスムーズに行くはずだったが、運(?)よく飛行機のエンジントラブルで出発が1時間遅れるというハプニングで足止めされ、航空会社から支給された喫茶券で監督と待ち時間を費やすはめになってしまった。
だが、監督はロシア語以外はまったくダメで、私のブロークンイングリッシュも効果なし。ひたすら身ぶり手ぶりでコミニュケーションを図ったのであった。紙コップと棒のような小さいプラスチックのティースプーンに興味津々で「これは合理的なスプーンだね…」とでも言っているようだった。
その間にもテーブルに「外套」のスチル、絵コンテを広げて見せてくれたり、LDのジャケットにハリネズミの絵とサインを入れてくれたりで、飛行機のエンジントラブルが思いもよらぬ出会いと、監督とのコミニュケーションの場となったのである。
今回(1995秋)の来日では「外套」の一部が上映された。あの羽田でのテーブルの上に並べられた緻密なコンテ、スケッチが次第にイメージ通りにフィルムに焼き付けられているのを見て、改めてこの監督の「外套」に対する執念に感激した。
急がなくともいい、だが一日も早く完成された「外套」を見たいものである。